数多くの法律が受験科目となっている司法書士試験。
この知識は、司法書士として独立する場合のみならず、会社など組織の中でも活用できます。
実際に会社で司法書士受験勉強が役に立った実例をご紹介します。
最近弁護士資格を持つ人も多い企業法務界隈ですが、臆することはありません。分野によっては司法書士受験科目の方が実務に直結していますし、なによりその人のやる気と能力と応用力の方が重要です。
(逆に言えば司法書士資格を持っているからといって、全くやる気がなければ資格がない人に負けてしまう、ということも言えます。)
企業法務系
契約書の作成・検討、法律相談
企業法務のメインの仕事はだいたいこれです。
よくあるのは取引先との売買契約や業務委託契約、そして交渉段階に開示した情報の秘密を守るための秘密保持契約など。
そして、これらに違法性がないか、また当方に不利な内容となっていないかを確認するのが法務の仕事の一つです。
受験科目である民法や商法・会社法、借地借家法などをしっかり勉強していれば、契約書に記載された法律用語や内容の把握がしやすいと思います。
会社の法務部員としては他にも「自社にとって有利かつ合法、相手にとっても受け入れ可能な対案を検討する」、「会社のメンバーに内容をわかりやすく説明する」、「自社の契約書雛形を作成して展開する」・・・といったスキルはもちろん必要になります。
ただ、それらの前提としての契約書内容把握は必須で、それをいかに早く正確に行うかは重要なスキルの一つです。
また、会社のメンバーからは契約書の個別の条項内容や、「契約は書面で作成しないといけないの?」といった根本的な質問を受けることがあります。これも司法書士試験の勉強をしていればすぐに答えられるし、正しい対応ができますよね。
ただこの場合も「口頭でも契約は成立する」という法律知識のみならず、「口約束でも契約ではあるが、言った言わないにならないように、証拠として書面化することが重要」といったアドバイスをすることが求められています。つまり法律的知識だけではなく、実務的にどうか?という観点が必要です。
債権管理・担保設定
どんな会社でもお客様からお金をいただいているので、必ずこの業務はあります。
お客さんの財務状態を調べたり、担保を確保したりする業務です。だいたい与信管理を行っている部署(経理部や営業部)と連携して、法的なアドバイスや対応を行うのが法務スタッフの仕事となります。
例えば債権譲渡の際の確定日付ある証書や債権譲渡登記、不動産への担保設定といった対応が必要になりますが、司法書士受験で勉強してきた知識があれば実際の対応も迅速にできます。このあたりの対応は一刻を争うこともあり、時間をかけて調べることが難しいこともありますので、周辺知識があることは一定のアドバンテージがあるといえます。
もちろん、実務的に必要な書類や手続はどのようなものかはしっかり確認する必要がありますし、場合によっては取引相手方との関係性を考慮した対応が必要になることもあります。これは司法書士受験生かどうかは関係なく、その会社のメンバーとして働くうえでキャッチアップしていかなければならないスキルとなります。
企業再編関連
社外の会社とも、またグループ会社内でも企業再編の機会はあります。
私はグループ会社間の合併や株式交換の法務実務を担当したことがあります。
新設合併や設立は、登記が効力要件になることをきちんと学んでいるのは司法書士だけではないでしょうか。設立日を法務局がやっていない土日祝日や年末年始にしない、というのは地味ですが大事なポイントです。
また、合併公告や債権者保護など必要な手続を失念すると手続の効力が生じないため、もれなく行う必要がありますが、このあたりの学習も書式問題などでイヤというほどしているはずです。
実務上、企業再編においては上記のポイント(登記が効力要件、公告や債権者保護手続)がとても重要になってきますので、司法書士が活躍できる場面の一つだと思います。
もちろん会社のM&Aですので、それを主導する部門、広報部門や、税務の問題を確認するため経理財務部門とも連携しながら実施します。そういった多くの部門と連携するために、こういった仕事では情報共有、コミュニケーション能力も必要です。また手続が比較的長期間にわたるため、スケジュール管理能力も重要になります。(これらの点は司法書士に限ったことではありませんが)
グループ会社の解散、清算を手がけたこともあります。これも会社法、商法の知識がきっちり活きてくる仕事で、条文に書かれていることは実際にこのように実現されるのか・・・という感慨がありました。
総務系
株主総会、株主対応業務
会社法、商法(私の受験勉強時は商法の時代でしたが)を繰り返し勉強した条文の知識は、この分野で活かせます!
会社の形態や機関、役員の基本的な権利義務や責任なんてのは普通に頭に入ってますし、少数株主権とか株主代表訴訟といった実務ではレアだがいったん発生すると大変な事柄の知識も一通りあるはずです。
株主総会で提案する議案に漏れや違法性があってはいけませんし、会議体運営や議決権の行使ももちろん適法である必要があります。私がいたのは上場会社だったのでかなり気を使いました。
また、株主総会はイベントの要素もあったりして、そういったケアも必要な時代。
総会が近づくにつれて忙しくなる株主総会担当者は、会社法を一から調べている暇などないのです。
しかし、この分野では法的に誤った対応、処理をすると致命傷になりかねません。
また、法律では決まっていないが慣行的に行われていること(例:株主優待)の理解と自社での理屈付けも必要だったりします。
はっきりいって受験勉強を経験していても覚えることはたくさんあるし、役員レベルも巻き込まなければならないイベントだし、体力的にもメンタル的にもキツイ業務でしたが、会社法をしっかり勉強しているとしていないとでは雲泥の差があると思います。
不動産管理業務
老舗企業だと多くの不動産を保有していたりします。それを第三者やグループ会社に賃貸していたり、場合によっては売却したり。
また工場や店舗用地を買収するということもありえます。
社宅を保有していたり賃借している会社だと、それに関わる法律知識が必要だったり、担当部門からの相談もあります。
このような業務ではまず不動産の登記簿を正確に読める、という点が大きなアドバンテージになります。もちろん民法や借地借家法の知識も役立つ分野です。
株式上場準備
某ベンチャー企業で、株式上場準備の経験があります。その会社は無事上場しました。
上場準備では、上場会社にふさわしい会社となるべく体制を一気に整える必要があるため、上場までの過程のなかで多くの手続が必要となります。
その中では会社法系の手続も多く、会社の方針を理解しつつ手続を迅速に進める必要があります。例えば増資、ストックオプション、役員選任、目的変更等々。
もちろん証券取引所や主幹事証券、監査法人といった関係者との情報共有やコミュニケーションも必要です。「法律的なバックグラウンドがある」という事実は、このような業務を進めるにあたって自分を精神的にも支えていました。
その他、メリットを感じたこと
知らない法律や改正法でもキャッチアップが早い
独占禁止法、製造物責任法、個人情報保護法といった法務部で扱う法律のほか、産業財産権関係、労働法関係など、会社が扱う法律は多岐にわたります。
あと私が司法書士を受験していた頃は「商法」だった法律がその後大改正されて今の会社法になりました。
仕事で使いますのできちんとキャッチアップしなければならないのですが、一度法律がどんなものか学んでいれば、また改正法の場合は元の法律がわかっていれば、新しい法律や改正法も比較的すっと入ってくるように思います。
転職のときに武器になった
例えば、転職希望者の中に同じような能力の人が2人いて、司法書士有資格者とそうでない人がいたら司法書士有資格者が採用されると思います。
一方で、司法書士有資格者と司法試験合格者がいたら、司法書士有資格者はしっかりアピールをしないと負けてしまうかもしれません。これは能力の差というよりは、残念ながらネームバリューの差だと私は思っていますが・・・。
会社側は「司法書士がどんなことを学んできていて、その知識をどういうところに活用できそうか」ということはほぼわかっていません。司法試験合格者の場合もよく理解はされていませんが「いろいろやってくれそう」という過大な期待があったりします笑
司法書士受験勉強の経験がある方は、その部署の仕事に自身の知識が活かせそう、自分はこういうことを学んできた、ということをうまくアピールできれば、自分の思っているよりも強い武器になります。
上記で述べてきた通り、会社員としてはコミュニケーション能力やわかりやすく説明するスキルも重要ですので、そのようなスキルを裏打ちする経験談や面接での話し方ができれば(これはもちろん要練習)さらに良いと思います。
以上、独立型司法書士とはまた違った角度で自身の知識を活かすことができる実例として、私の経験をご紹介しました。
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